その1.男は獣

昔、もっと人生に余裕があったというか、遊ばなきゃ損と思っていた時期のこと。
酔っ払った女友達を家まで送ったらキスされた経験がある。
飲み会が終わって彼女はかなりの酔態だった。歩いては帰れそうもなく女一人でタクシーに乗せるのは悪いと方向が同じ僕が同乗することになった。彼女は一人暮らしだった。マンションの付近でタクシーから降りようとすると、一人でまっすぐ立てないへべれけのくせに、彼女は言った。
「ここまでで大丈夫。後は一人で帰れる」
今流行の言葉で言えば自衛だろう。そうは理解しながら同時に別のことも頭に浮かんだ。普段あれだけ一緒に飲みに行く友達でも信頼が無いというショックと『男として認識されているというこそばゆさ』。純粋に僕の帰宅手段を気にしてくれていた可能性もあるけど。
「絶対に襲わないし、この季節にもし外で寝たら風邪引くし、帰り道にそういう心配したくない。いいから部屋の前まで送らせろ」
と半ば強引に送ることにした。


玄関までと思って連れて行ったのだが、自分の家のドア開けたら安心したのか靴も脱がずに床に寝そべった。付き合っていない女の部屋に入るのは気が引けたけど、ベッドまで送ろうと決めた。
ベッドまで引きずり座らせて皺になりそうなコートだけは脱がせようとした。
で、そのときに彼女が僕の首に手を回した。彼女の唇が僕の首に触れた。
かなりドキドキしながらも、それくらいのスキンシップは普段の飲み会でも似たことがあったので冗談めかして対応してたら、今度は口にキスしてきた。


一気に頭に血が上りながら考えた。
これは誘われている?
やるべきかやらざるべきか
自分、汗臭くないか。
酒入っているけど出来るか?
動いたら酔いが回るな
上手く出来なきゃ恥ずかしいぞ
一夜限り?それともやったら、こいつと付き合うのか?(当時フリーだった)
とかとかの煩悩をねじ伏せ、そのまま冗談の続きとして対応して、布団に押し込んで帰った。
帰り道思ったことが傑作。
『僕は彼女に恥をかかせたのではないか』
『抱く抱かないにしても冗談めかさずもっと男らしく対応すべきだったのではないか』
なんてことを悶々と考えながら帰った。
最終的には、最初に襲わないと約束したことを守ったという解釈にして、自分の『男らしさ』を守った。
その彼女が今の妻です、というようなことはなく、その後彼女との付き合いは以前と変わらず飲み友達、突っ込んで聞いたこともないので真相はわからない。


さて、『』の部分は僕が囚われているなぁと思う考え。
たぶん今、同じようなシチュエーションになっても、同じようなことが頭に浮かんでくると思う。
まぁ結婚しているので、浮気云々も考えると思うけど。
この辺の思考回路は完全に自分の中に組み込まれていて、逃れれるとは思えない。この考え方は「男は獣」にとても近い。かといってじゃあその考えだけを考えるかと言えば、もちろん全く反対のことも頭に浮かぶし、その討議の結果自分の対応は決まる。浮かんだ
だから何というわけではない。
ただ、今の社会に生きている人間の誰もがそういう考えを内在しているのは、仕方ないんじゃないかと、僕の中の『男性』が思う。